私は教師になれませんでした
私が「教師のサプリ」を通じて何を実現したいのか、
ここ最近わかっているようでわかっていないようでぼんやりとした感じがしていましたが、改めて再確認できたことがあるので書いておきたいと思います。
まず、以前の仕事(公務員心理職)を振り返ってみます。
学生時代、私は特別支援学校(当時は養護学校と呼ばれていました)の教師を目指していました。
言語障害通級指導教室を立ち上げ、以来ずっと通級指導に携わっていた母を見て興味を持ったのが始まりでした。
大学、大学院でダウン症や自閉症のお子さんの発達支援を学びましたが、結局、教師になることはできませんでした。
その後、地元の県で講師登録しようと思っていた矢先に、療育機関でお仕事をさせていただくことになり、就学前のお子さんの発達支援に携わることになりました。
そこで公務員の心理職という選択肢があることを知りました。
ちょうど時代は、特殊教育から特別支援教育に変わるまさに転換期。
私は教育委員会に配属され、教育相談(発達相談)と特別支援教育のシステム構築に関わらせていただくことになりました。
”招かれざる客”からのスタート
療育の仕事をしていた頃は、直接お子さんに訓練をして言葉の力を伸ばしたり、行動形成したり、ということをしていましたが、
教育委員会での相談の仕事では、心理検査や観察を通してお子さんの状態を把握し、それに基づいて保護者さんや学校の先生に対応方法を提案することが私の主な役割でした。
クライアントさんのお悩みというのは、
我が子が発達障害かもしれない、とか、
不登校や学校不適応になりかかっている、とか、
行動上の問題があってトラブルになっている、とか。
そういったお子さんにどう対応したらいいか…という内容が多かったように思います。
そういう悩みに対して、ざっくり言うと、
『〇〇なのは□□だから△△してみてはどうでしょう』
という知識やハウツーをお伝えして、学校での支援に取り入れてもらうよう提案するのですが、現実はそう簡単にはいきません。
当時、外部の人間(=ただの小娘)が学校現場に切り込んでいくことへの壁は厚く、針の筵状態。
校長室で心臓バクバクで震え上がっていたのは、良い思い出です(笑)
正直なところ、現場を知らず理想論を振りかざすだけの奴がまた余計なお世話を言いに来たと思った先生も少なくなかったと思います。
事実、現場の声として色んなお叱りをいただきましたし、私の提案は完全スルーなのに大学の偉い先生がまったく同じことを言うと大絶賛するという屈辱も味わいました。
ただ逆に、先生方のほうから自分たちが普段工夫していることを教えてくださったり、励まし・期待の声をかけていただくこともありました。
とんちんかんな小娘の私でしたが、指導主事の先生方や先輩たちがサポートして下さり、また最前線で日々子どもたちと向き合っておられる先生方に育てていただいて、何とか10年以上(育休期間を含めると16年です)やってこられたのだと思います。
今振り返ると、特別支援教育が始まった当時、熱い想いを持つ先生方が現場にたくさんいらっしゃって、学校も行政も、みんなで自分たちの特別支援教育を作っていくんだという一つの大きなうねりがあったように思います。
それを目の当たりにしてきた、その場に自分もいさせてもらえたというのは、本当に幸運なことだったと、感謝の気持ちでいっぱいです。
そうこうしているうちに、保護者さんだけでなく学校の先生からの相談をお受けすることが出てきました。
発達特性のあるお子さんへの対応は、どんなにベテランで指導力抜群の先生でも不安になることは決して珍しくなく、そういう時に、迷いを整理して方向性を決めるお手伝いをさせてもらうと、安心されたのか、先生方の表情がふっと柔らかくなっていきました。
そして、ある先生は「この場合はどうですか?」「こんな子もいるんです」と次々と質問を投げかけて下さり、ある先生はご自身の教員としての思いを聞かせて下さったりしました。
その時に強く感じたのは、教師というのは、
子どもたちに対しては、少しでもできること・分かることを増やしてやりたい。
学校で1つでも「良かった、自分でできた」という経験を味わわせてやりたい。
自分に対しては、勘や経験則でやってきた自分の対応方法に「これでいい」という確信を得たい、どう考えればいいのか依って立つものが欲しい。
そんな風に考えているんだなということ。
そうやって徐々に、先生方が”外部の専門家”という存在をうまく使うと何かいいことがあるらしいと思ってもらえるようになり、ありがたいことに「ちょっと相談したい」と声をかけていただく機会が増えていきました。
中には、お仕事でうまくいかないことがあって悩んでいるという先生の話を聞いたりすることも出てきました。
(表には絶対出さないけど、裏で泣きながら先生たちは頑張っています。)
自分の限界と勘違いを思い知らされる
ただ、色々な状況が絡んでいて「どうにもならないこと」というのがどうしてもあります。
マルトリートメント、DV、精神疾患、貧困、触法etc.
学校の中だけの話や親子の関係性の改善だけでは済まないことがたくさんあり、総合的にみていく力が要求されます。
そんな時に、自分の力の限界と言うか、「私にはどうしてあげることもできない」という無力感を強く感じていました。
私の力不足で状態が改善しなかったケースも、正直言うとありました。
私以外の人が関わっていたら、もっと違っていたのかも。
自分にもっと幅広い専門知識や能力があればこの親子・先生を助けることができたかも知れないのに…
そんな悔しさや劣等感を感じることがしょっちゅうで、もっと勉強しなくてはいけないけど、自分の家庭のこともあるから、徹底的にやり込むこともできない。
「まだ足りない、まだ足りない」
「私は何をしているんだろう」
「私が担当でごめんなさい」
と常に自分はダメ人間のように感じていました。
そんな中で嬉しかったことというと、クライアントさんが、これからどうしたらいいかの道がわかって安心してくれることや、「あ、そうか」とパッと目がキラキラになること、そういう瞬間に出会えることでした。
お子さんの状態や置かれている状況は変わらないけど、考え方や心の持ちようで、現実と向き合う力が湧いてきたり、一つでも「やってみる」ということが出てきたりして、それによって結果的に状態が変化していくことがあります。
不思議ですけど、嬉しいなぁと思います。
でもこれって、決して私がクライアントさんを変えたわけではなく、私が発した何かと、クライアントさんの中にあった何かが共鳴しあったから起きたことなんだと思います。
私は自分の無力感を感じて苦しかったけれど、私がクライアントさんの状況をどうにかしたいという
考え自体が思い上がりだったのかも知れません。
【私はもともと無力なんだ】
ということを、仕事からいったん離れて、こうして落ち着いて考えることでようやく受け入れることができた気がします。
そして、
解決していく力はクライアントさんの中にあって、私とクライアントさんの間で起きた共鳴によってそれが目覚め、輝くんだということも。
今思うと、知識やハウツーは同じものを伝えても、クライアントさんによって受け取り方や記憶に残る部分は違いますし、「そっか~!」と思うポイントは人それぞれです。
療育の訓練も同じことで、こちらの働きかけがお子さんの状態に合っていなければ実は結びませんから、それを緻密に見極めていくんですよね。
めちゃくちゃ専門用語ですが、【発達の最近接領域】というのがあって、興味があればまた調べてみてください。お子さんと関わる時にとても役立つ考え方です。
結局、私が自分の人生をかけて目指すものは、
私とあなたの共鳴
であり、
それこそが
私がここに存在する理由
です。
それが、カウンセリングという手段なのか、また別のものがこれから出てくるのか、それは未知数です。
ただ、「今の私にできること」「今、あなたに提供できるもの」というのは、20年間血反吐を吐きながら勉強し続けてきたことしかありません。
それだけでなく、私を育ててくださった幾多の先生方の特別支援教育への想いや経験を背負っているつもりです。
私はEduReliefでそれを伝えていきたいと思っています。
体と心の問題
ここ最近、身体のケアのことも本格的にやり始めました。
これも私自身が悩みを抱えて長年ずっと向き合ってきたことです。
私はずっと肩こりや腰痛、頭痛がつらかったのですが、
自分の我慢と根性が足りないのだと思っていました。
「ツライけど、病気じゃないんだからこの程度でツライと言ってはいけない」とずっと思っていたんですよね。
- 姿勢が悪く、左右の歪みがある
- いつも体のどこかが筋肉痛
- 頭痛や腰痛で重だるい
- すぐ疲れる、疲れが取れない
- なんでこんな体なんだろう
もう20年以上、こういった状態が続いていました。
どこが痛いとか、何をしたら痛いとかを通り越して、いつも痛い。
痛いのが当たり前で、スッキリしている時がありません。
月に1~2回、本当にきつい時があって、そういう時は薬を飲んでうずくまって耐えていました。
それが普通で、みんな同じで、これをツライと思う私は弱い人間なんだと思っていました。
小さい頃からの自分の思考パターンがそうさせていたのだと思います。
- 甘えてはいけない
- 我慢しなくてはいけない
- 自分は未熟で、自分が悪い
- 役に立たなければ存在価値はない
- 安全で衣食住が足りているだけで幸せだから、それ以上を望んではいけない
- 不満を抱いてはいけない
そして、自分自身にお金や手間をかけることへの罪悪感が強かったので(ユ〇クロのセーターが怖くて買えないw)、必要なケアを自分に与えるということをずっとしてこなかったんです。
でもある時、何をしていても(何もしていなくても)身体のあちこちがあまりに痛いので、「何かおかしい。こんなのはヘンだ。」という気持ちが湧いてきたんです。
たまたまテレビの特集で整体院が紹介されていたのを見て、何かピンと来て、すぐに予約を取りました。
それが、整体との出会いです。
実際に色々調べてもらうと、私はひどい猫背で、反り腰やストレートネックもあり、何より全身の筋肉がガチガチにこわばっているとのことでした。
整体師の先生は驚いた様子で、「体の表面ですべてを跳ね返してくる」「鉄筋コンクリートを鋼の板でコーティングしているようだ」と説明してくれました。
驚いたのは私のほうです。
”表面ですべてを跳ね返す”というのは、私の生き方そのものだったからです。
弱い自分や素の自分は誰にも見せないし触れさせない。
そうやって自分で自分の心を守っていましたし、
どうせ誰も助けてくれないから誰の手も借りようと思わない、というスタンスで生きてきました。
それだけでなく、本当の自分やダメな自分(=自分が忌み嫌っている自分)が外に漏れ出ないよう、必死に抑え込むこともしていました。
今思うと、ずーっと、心が緊張しっぱなしで体に力が入ったままだったんですよね。
「心と体は同じなんだ…」
自分の体の状態を客観的にみてもらって、初めてそのことを納得したのを覚えています。
そして、ガチガチに固まった背中をじわっと緩めてもらったときに、どうしてかわかりませんが、私がツライと思っていることを受け止めてもらえた気がしました。
と同時に、
ツライことをツライと思っていい
ツライことをツライと言っていい
そんな当たり前のことを、私は今まで自分に許してこなかったんだと知りました。
すぐに劇的に変わるわけではありませんが、回を重ねて体が本来の状態に戻っていくにつれて、徐々に気持ちにゆとりが出てきて、私は自分と向き合い、自分を取り戻すことができるようになっていきました。
最初に整体院に駆け込んでから、もう10年です。
今では、
- 身体が伸び伸び動かせる
- 頭痛や腰痛がうんと軽くなり、薬が必要なくなった
- 朝の目覚めが良くなった
- 心がスッキリと軽くなった
- しょうもないことで大笑いできる
- 自分の人生を生きているという感覚がある
こんな風に、体だけでなく気持ちの面でも重い鉛から解放された日々を過ごさせてもらっています。
もちろん、調子よく過ごせる日もそうでない日もありますが、「私」として生きていくことに納得感を感じられるようになったのは、本当にありがたいことだと思っています。
そして幸運なことに、私の体を救ってくれた整体師の先生から施術を直接教わる機会を得ることができました。
その魔法のような整体の施術を通して、何がツラいのかさえよくわからなくなるくらいに色んなものを抱えながら必死に生きている人たちに、私は知ってほしいと思っています。
ツラさを分かってもらえるという安堵感というものを。
そして、ツライと言っていい場所が、戦わなくてもいい場所が、あなたにもちゃんと用意されているということを。
心と体は連動していることを身をもって体験してきた私だからこそ、私は自信を持って伝えていきたいと思います。
「本当にツラい時は、まず体からラクになっていけばいいんですよ」
私のこれから
こんな私ですが、基本、無力です(笑)
クライアントさんを救う「答え」を持っているわけでもありません。
私はクライアントさんにとって役に立つかも知れないし、役に立たないかも知れない。
だけど、もし共鳴が起こってクライアントさんの中に眠る「何か」が解き放たれるきっかけになったとしたら、クライアントさんが人生を前に進める原動力やヒントになったとしたら、私はその奇跡✨をクライアントさんと一緒に喜びたいなと思います。
そしてそのために、クライアントさんと共鳴できるポイントを探り続けていくしかないんだと思っています。
自分らしい生き方や働き方について迷っている方。
子どもたちと向き合う中で色々な悩みや苦しみを感じている方。
ずっと一人で頑張らざるをえなかった方。
そういった方たちが、自分の人生を肯定しながら自分らしい”幸せ”を手に入れる、そのお手伝いとして、私の持っている専門分野の知識やスキル、私自身が泥沼から這い上がってきた道、これまでの経験で得たものたちを、余すことなく使っていこうと思います。
それが
寄り添う、
苦しい時に支える、
あなたという命の輝きを見続ける、
ということなんじゃないのかなぁと。
なので、
私はあなたと共鳴したい!
…なんか変な所信表明?ですが、
このような私をどうぞよろしくお願いします^^